第五章(四)   『獅子・白澤の造形』

      
  写真(1)        写真(2)        写真(3)

白を基調に、天地人三才の色を秘め、印面の黄色の焼き上げに、老子と黄帝を秘め

更に嵌入と雲に、風神・雷神・雨師が秘めてありました

これだけでも驚異的勅令です

私は、天書、神の韻文を守護する獅子「白澤」の造詣に、想像も出来ない秘密が隠されて

いると直感していたのです

翁宅で初めて獅子を手にした時、逆に私を覗き込む様な、戦慄の眼差しが消える事はなか

ったのです

ここまで調べ来て守護神「白澤」に完全に畏服です

もし私に邪心があったら命はなかったと、今でも思っている

それはさておき、 紐の獅子「白澤」を注意深く見ると、まず神仏像を造る時、製作者が

最も重要視する目の眼球部に円周して黒い焼き付けがなされています。

明確に色付けがなされたと分かるのは、この目の部分だけです。

 古来より黒の色は北の方角を指します。

同方位、韻文の読み方、上方は北です

君子の正座は南面、北、北極星です

黒く焼き付けされたその目は異常に大きく前に突き出ています。

目は邪気を警戒する視覚の広さと千里を見通す眼光を秘めたものです。

 目のすぐ上の眉骨は、両方とも意識的に大きく盛り上がり、突き出た眼球を覆うように

斜め上、前方(写真2)にせりだしています。

 鼻は「虎」又は「獅子」さながらで高くて堂々とした獅子鼻であり、鼻息が伝わる様な

様相です。

横唇は厚く、歯は「五本」だけ確認できます。

「五」は皇帝を象徴する数位です。

 口は大きく裂け上り喉腹で唸っているかの様です。

『大漢和』に「獅子吼」をみると、百獣および外道・悪魔が威服するとあります。

この獅子は吼えるその一歩手前の状態で、一分の隙も無い万全の構えで神の韻文を鎮護し

ています。

 写真(3)を見ると、後頭部の頭蓋骨は、神々が住む昆崙山の岩石を彷彿させる、固く

てガッシリと、そして広い強烈な頭蓋骨となっています。

 そして正面(1)の写真を見ると、完全にお椀を伏せた様なドーム状の頭となっていま

す。

 『「道教」の大事典』(文献4・21頁)はアンリ・マスペロの著書に触れ、円い頭は天の

穹窿」ドーム状の天を覆う大空、昆崙山は頭蓋骨と述べています。

「天円地方」の“天円”です。

 驚くべきは首筋そして腹にかけて、一定間隔に半円状の横筋が“六本”蛇腹状に伸びて

います。

また獅子の背に沿って小さな横筋が“九本”同じく小さな三日月状に彫り付けてあります。

これは明らかに“龍の鱗”です。

 この「六」と「九」の鱗の枚数は、印文の九文字そして中央「老」の文字の画数六画と

同数です。

神噐「寶」の根幹をなす「易」の最重要数で「天」と「地」を指す数です。

 即ちこの獅子は「天」と「地」を駆ける獅子であり、背と腹の鱗は龍の化身を現します。

 また顎には獅子・龍・仙人を現したと思われる髭があります、

これが獅子「白澤」伝説では「黄帝」が龍に乗り昇天する時、臣下が龍の髭にすがったと

言われています。これは正に「獅子」と「龍」合体の「白澤」です。

 強靭さを強調する為、体の割りに短く太い四本の足は、「天地」を支えると言う古代宇宙

観に基づいた「四柱」を形どるものでしょう。

足指後ろ五番目の「爪牙」は全て隠されています。

 恐らく聖帝と称えられ、「武」を用いず「徳」を治世の柱と為す「有徳の帝王」・「黄帝」

を象徴させるための意図でしょう。

またその「爪牙」は、龍の“逆鱗”にもあたるものでしょう。

 顔全体は体の割合から比べると、大きくガッチリとして見る者に迫り、迫力は満点です

まさに正真正銘の獅子頭であり強烈な印象を放っています。

 背中から尾にかけての胴体部分は、陶工が只者でない事を証明しています。

かって私が観た唐三彩の「馬」の逸品、又本書に載せる唐三彩、一体の獅子がオーバーラ

ップするような秀れた造型です。

 正にその中に骨格まで忠実に造形したと思われる程であり、それでいて素晴らしく“し

なやかな”背の表情を焼き上げています。

 尾の毛は付け根から生えているのではなく、獅子の王者に相応しく尾の中間部分から一

挙に馬の毛の様な状態で生えています。

 古来、中国では八尺以上の馬を「駟」と呼び「龍」と呼びましたが、この「駟」の尾が

造型され、尾の毛が太く多いのです。

 尾もまた龍と獅子を合体させて造形したものです。

 しかし、やはり何と言ってもこの獅子の特徴は、顔の部分が断然強烈であることです。

白澤の顔を観相してみます。

 古来“天子の顔の相”には”龍顔の相”を秘めるといわれ、司馬遷『史記』(文献81)

に大漢帝国皇帝「劉邦」の容貌を述べて、“隆準而龍顔”と記しています。この解釈は『龍

とドラゴン』(文献10・6頁)によれば「高い鼻と盛り上がった眉骨」とあり、正にこの

白澤の顔相であって、「獅子」と「龍」双方の特徴を合体させたものです。

 今一つ絶対に見逃してはならない、注目すべき特徴を白澤は装備しております。

写真(2)を見てください。顔の両側で耳の位置の上部に、一巻の「角」があります。

これについて『山海経』には道教の最高女神「西王母」が「豹の尾を持ち、引き連れたる

獣に生えたる角は牛のごとし」とあります。

日月の陰陽、天・地が一つとなった「寶」ですから、道教の女神「西王母」を配して、そ

の象徴の「牛」又は「羊」の様な、可愛らしい「角」まで装着しているのです。

 以上この獅子像は、「白澤」「龍」「天子」「女神」「黄帝」「獅子」等これらの数々の伝説、

そして道教や中国史に伝わる、あらゆる理想の皇帝像を、獅子「白澤」に化え創造したも

のです。

この獅子王には、その他にも私の窺う事の出来ないさらに多くの神話伝説を秘めている

筈です

驚くべき考証です。

当時の歴史家が、あらゆる史書、文献を調べ、喧々諤々の鳩首会議をして決定された獅子

「白澤」像です

獅子の造形は、唐代以前の伝説神話を考証、検証する学術的ハッブル望遠鏡なのです

印台もそうですが、この獅子だけでも焼き上げは至難の業であろう

想像を絶するのである。

平成1937