第4章1・傅国璽


     

 項末資料Aに載る六印は、『中国書画落款集』(文献19・149・頁)に載る貴重な資料で、

唐代の皇帝の印譜で原本は作者不明で内閣文庫に蔵されてあったといわれています。持ち

手の紐はみな、神獣で、文字の形態は「開元」4の小璽以外、天印「寶」との時代の類似

点、及び共通性が観れます。皇帝の玉印の紐の彫刻に、皇帝の格式と時代の同一性が観れます。

各印の説文から、だいたい次の様な事が分かります。

(1)「高宗は書が上手であったと聞くが、篆書は見てはいないという」。

(2)は「万歳通天」で武后のものである。

(3)は「貞観」であるから太宗の時代で、「唐の太宗は自分が書いた真筆を臣下に賜り、

その旭日登高の詩は黄色の麻の紙に書かれ、それにこの印が押してある」という。

(4)は「玄宗の直筆で御書黄麻の紙に、この璽がある」という。

(5)も同じく天寶二載で玄宗です。

(6)は大周で武后のもので「彼女は国賊であり、この印は重きをなさない」とあります。

 ここで、注目すべきは璽を「寶」に復したのが、開元元年から約六年を経過しているか

ら、(4)の「開元」の璽印は一応よいとしても、(5)の天寶二載(年)に、題文に“小

璽”と記述されてあります。この事は、注目すべきことです。『中国の印章』(文献20

11頁)の『大唐六典』からの引用によれば、隋唐の頃、1神寶・2授命寶・3皇帝行寶・

4皇帝之寶・5皇帝信寶・6天子行寶・7天子之寶・8天子信寶・の八寶があったとあり

ます。

 唐代以前は分からないが、少なくとも(5)の天寶二載、中国文明の黄金期に八寶しか

なかったとするなら太古以来の天の道理に合致せず絶対に不自然なのです。何故なら道教

は皇宗です。ましてや玄宗は、もはや道主皇帝に就任しています。さすれば3章で述べた

九数位の真の「寶」が無くては、天の理法に合わないのです。

 天子が天の理法に合わないことは有りえないであろう。先に挙げた『大唐六典』の八寶

は、私の推定からすると、全て“璽”と称されたものです。

(5)の「白象の玉璽」天寶二載製の題文“唐玉・天寶小璽”の説文が明確に示している

のです。半歩譲ったとしても、少なくとも八璽もしくは八寶では、天の道理にありません。

 これまで、私の調べ得た限りの著書では、全てが八璽もしくは八寶止まりでした。

 『篆刻の歴史と技法』(文献2164頁)「唐代の官印」の項に、先に上げた八宝(便宜上・

宝と呼ぶ)の内、上位二宝「神寶」と「受命之寶」は臣下との政務の場、大朝会に、皇帝

の面前に置かれた「寶」であったと述べています。これらの記述は資料@の『唐書』卷24

「車服志」からの推定と考えますが、この「車服誌」には“蔵而不用”の記述があります。

これでは、ただの不用であって“蔵”ではありません。

 天子である皇帝は、諸々の儀式や大朝会にも、臣下に対し冕冠に五色の珠玉を垂らし天

子の顔を隠していました。道の真理を秘める「寶」は、天子と同格いや唐祖であり、道で

あり太極であり、不滅の尊位「寶」です。

 “蔵而不用”の神噐「寶」を、平素の朝儀に符璽朗が、毎朝臣下の前に運ぶことは絶対

に無いであろう。天隠された神噐であり後世の記述では仕方がないが、これ等は少なくと

も蔵而不用、最上位の「寶」ではない事だけは確かです。

 九の数位は、易経の“乾元用九”の象・天の徳、太上の北極星です。

 蔵而不用の大寶があって、しかるべきなのです。そして正にこの天印「寶」こそ、太微

宮に「蔵」された、永久に「不用」とされた真の「寶」であります。

 断りますが、『中国の印章』(文献20101頁9に“服葬品である明器には紐がついてい

ないのが特色”とあるのを引くまでもなく「寶」)は明器では絶対にありません。中国王朝

の諸々の規定や儀礼は、何千年にわたり培われたもので、古来の道理を無視したことは出

来ないのです。戦争や政変により王朝は変わっても、天の命により帝に就いた天子は

天の法理に従うのです。ですから、天の道理に外れたり、欠けたりする天子の礼法は無い

のです。ましてや、中国文化史上の黄金期、しかも道教は国教、玄宗皇帝です。傳国璽・

八宝の上、天寶十戴「承天大寶」と命名した、九数位の神噐「寶」は存在したのです。

 この唐代の一大国家プロジェクトによって創造された、道主皇帝のシンボル神噐「寶」

の存在なくして盛唐の歴史は語れないのであります。

 天印「寶」は新旧『唐書』にも載っていない“歴史の空白”「承天の大寶」です。『大漢

和』に「承天」とは天より戴く、“天命を奉承”するとあります。

 天寶三年、年の呼称を「載」とする。

 まさに天より奉承、戴くです。

 天印「寶」は今日まで歴史上一切知り得る術のなかった、幻の「承天大寶」です。