1章5・獅子「白澤」の秘密


 紐の獅子「白澤」を注意深く見ると、まず神仏像を造る時、制作者が最も重要視する

目の眼球部に円周して黒い焼き付けがなされています。明確に色付けがなされたと分か

るのは、この目の部分だけです。

 古来より黒の色は北の方角を指します。そして、この目は異常に大きく前に突き出て

います。恐らく、この目は邪気を警戒する視角の広さと千里を見通す眼光を秘めたもの

でしょう。

写真(1)

 目のすぐ上の眉骨は、両方とも意識的に大きく盛り上がり、突き出した眼球を覆うよ

うに斜め上、前方(写真2)にせりだしています。

 鼻は「虎」又は「獅子」さながらで、高くて堂々とした獅子鼻であり、鼻息が伝わる

様相です。横唇は厚く、歯は「五本」だけ確認できます。「五」は皇帝を象徴する数位

です。

 口は大きく裂け上り喉腹で唸ってるかの様です。『大漢和』に「獅子吼」をみると、

百獣および外道・悪魔が威服するとあります。この獅子は吼えるその一歩手前の状態で、

一分の隙も無い万全の構えで鎮護しています。

 写真(3)を見ると、後頭部の頭蓋骨は、神々が住む昆崙山の岩石を彷沸させる、固

くてガッシリと、そして広い強烈な頭蓋骨となっています。

 そして正面(1)の写真を見ると、完全にお椀を伏せた様なドーム状の頭となってい

ます。

 『「道教」の大辞典』(文献4・21頁)はアンリ・マスペロの著書に触れ、円い頭は

天の「穹窿」ドーム状の天を覆う大空、崑崙山は頭蓋骨と述べています。

 前項で述べた、「天円地方」の“天円”です。

 驚くべきは、首筋そして腹にかけて、一定間隔に半円状の横筋が“六本”蛇腹状に伸

びています。また獅子の背に沿って小さな横筋が“九本”同じく小さな三日月状に彫り

付けてあります。これは明らかに“龍の鱗”です。

 この「六」と「九」の鱗の枚数は、印文の九文字そして中央「老」の文字の画数六画

と同数で、いずれ触れるが、とにかく、神噐「寶」の根幹をなす「易」の最重要数で

「天」と「地」を指す数です。即ちこの獅子は「天」と「地」を駆ける獅子であり、鱗

は龍の化身を現します。

 また顎には獅子・龍・仙人を現したと思われる髭があります、これは獅子「白澤」伝説

では「黄帝」が龍に乗り昇天する時、臣下が龍の髭にとりすがったと言われています。こ

れは正に「獅子」と「龍」合体の「白澤」“アポロ”です。

写真(2)

 強靭さを強調する為、体の割りに短い太い四本の足は、「天地」を支えると言う古代宇宙

の考えに基づいた「四柱」を形どるものでしょう。

 足指後ろ五番目の「爪牙」は全て隠されています。

 恐らく聖帝と称えられ、「武」を用いず「徳」を治世の柱と為す「有徳の帝王」・「黄帝」

を象徴させるための意図でしょう。またその「爪牙」は、龍の“逆鱗”にもあたるものでしょう。

 顔全体は割合から比べると、大きくガッチリとして見る者に迫り、迫力は満点で、まさに正真

正銘の獅子頭であり強烈な印象を放っています。

 背中から尾にかけての胴体部分は、陶工が只者でない事を照明しています。かって私が観た

唐三彩の「馬」の逸品、又本書に載せる唐三彩、一体の獅子がオーバーラップするような秀れ

た造型です。

 正にその中に骨格まで忠実に造形したと思われる程であり、それでいて素晴らしく“しなや

かな”背の表情を焼き上げています。

 尾の毛は付け根から生えているのではなく、獅子の王者に相応しく尾の中間部分から一挙に

馬の毛の様な状態で生えています。

 古来、中国では八尺以上の馬を「駟」と呼び「龍」と呼びましたが、この「駟」の尾がかた

ちどられて髪が太く多いのです。

 尾もまた龍と獅子を合体させて造形したものでしょう。

 しかし、やはり何と言ってもこの獅子の特徴は、顔の部分が断然強烈であることです。白澤の

顔を観相してみます。

 古来“天子の顔の相”には”龍顔の相”を秘めるといわれ、司馬遷『史記』(文献81)に大

漢帝国皇帝「劉邦」の容貌を述べて、“隆準而龍顔”と記しています。この解釈は『龍とドラゴン』

(文献10・6頁)によれば「高い鼻と盛り上がった眉骨」とあり、正にこの白澤の顔相であって、

「獅子」と「龍」双方の特徴を合体させたものです。

写真(3)

 今一つ絶対に見逃してはならない、注目すべき特徴をアポロは装備しております。このことは、

いずれ注目すべき事として浮上してくる筈です(第
7章「水」唐獅子)。項末注1の記述を記憶に

留めておいてください。

 まずは写真(2)を見てください。顔の両側で耳の位置の上部に、一巻の「角」があります。これ

について『山海経』には道教の最高女神「西王母」が「豹の尾を持ち、引き連れたる獣に生えたる角

は牛のごとし」とあります。

 日月の陰陽、天・地が一つとなった「寶」ですから、女神「西王母」を配して、その象徴の「牛」又は

「羊」の様な、可愛らしい「角」まで装着しているのです。以下『山海経校注』(文献12)の「西

王母」の記述を(注)1・2として末尾に掲載しておくこととします。

 以上この象は、「白澤」「龍」「天子」「女神」「黄帝」「獅子」等これらの数々の伝説、そして

道教や中国史に伝わる、あらゆる理想の皇帝像を、獅子「白澤」に化え創造したものです。

 この獅子王には、その他にも私の窺う事の出来ないさらに多くの神話を秘めているかも知れません。

(曾圖才三)母王西

注(1)「有獣焉、其状如犬而豹文其角如牛」

    「其名日狭、其音如吠見規其國大穣」

注(2)牛は郭璞云「或作羊」

以上ここまで第11項で印材は陶磁器、2項で天地人三彩の色、3項で造形と意匠・4項で天下四方の

情景を決定致しました。

 そしてこの第1章5項、皇帝の座に配当される「一」と「五」天子の数位に獅子「白澤」は鎮座いた

しました。

 これより第1章は、歴史と道教神秘その太極圏に突入致します。